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お金の話をします。

たとえば此処に千円の商品があったとします。
ある人が其れを定価で買うとしたとき、この人は千円と千円の価値がある商品をまあ天秤にかける訳ですね。買おうかなあと。
結果は勿論商品を取ってお金を払うわけですが、コレによって【千円は千円の価値より低い】といえると思うんですよ。はい其処訳が分からないと言わない。もう少し付き合っていただきますから。
さらに【五千円の中の千円】と【一千万の中の千円】は希少価値が違ってくるのです。俺なら後者は簡単に使います。給料日の時の心境です。
お金は値段よりは価値が無く、さらに多くなればなるほど下がるものなのです!!


…とダチに言ってみましたが【後半から訳が分からない】と流されました。


あ、あれ??

\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\20070428

「ただ言わせてもらえれば、名探偵とは職業じゃないんだよお姉さん、お兄さん。名探偵とは生き様なんだねっ!」
 にやりと、理澄ちゃんは格好よく笑った。
 まずい、馬鹿だ。
 生き様なんて言われた。

【ヒトクイマジカル/西尾維新/講談社ノベルス】より


久しぶりの更新です。いきなり引用から始まった今回はちょっと砕けた形式で行こうと思います。
ちょっと重い?テーマになるかもなんですがそもそもテーマに重いも軽いも無いわけで世界平和も明日の献立も同じポジションに上げられるべきだと常日頃考えてますが世間はそうは思わないようで連日北朝鮮でニュース番組は一杯です やはりそこに錯覚というものが発生しているんでしょうか。
ノンブレスでお伝えしましたが今回とは関係ないので置いておきます。また今後詳しく語ろうと思いますので…冷凍でもしておきましょうか。



さてさて、今回は何について一方的に語るかというと(ここは掲示板じゃないので当たり前ですが)【朝日新書について】です。
もっと詳しく言えば千住博著、『ルノワールは無邪気に微笑む――芸術的発想のすすめ』を読んだということです。
今回一つの本の感想的なものになる予定なので色々書いたら怒られそうな気がしますが、まあある意味向こうも色々書いているのでフィフティーフィフティーでしょう。…なんか違うな。うーん、喧嘩両成敗?


とりあえず本の説明します。
まず、朝日新書は最近出来た新しい新書です。朝日新聞社から出版されています。新聞社の癖に表紙はマット加工なんで新聞読んだ後に手に取るとカバーが簡単に汚れます。マジで何とかしてください、朝日さん。
その新書の最初ということで12冊発売されました。そのうちの一つが千住博著『ルノワールは無邪気に微笑む――芸術的発想のすすめ』という本で。朝日新聞を毎朝読み(夕刊は取ってません)、本屋が好きで新書も読んだことがあるアサツさん。おまけに此のタイトルなんで買って呼んでみました。通勤前に買ったので表紙が汚れました。マジで(以下略)。
内容は朝日新聞購読者からの質問に千住さんが答えていくという内容です。え?説明それだけ?と思ったら読んでください。
説明終了。

今回は読んだ感想を話そうかと。読書感想文です、つまり。それだけ言うのにどんぐらい言葉を費やしてるんだとお思いですがこうやって書くのが好きなのです。



おどろっきました。見事千住さんの意見に賛成できない。
おおっと、怒られそうでなりませんがここは「貴方の意見は全否定するが貴方の存在は別に否定しない。」という精神で進めてください。意見というか感想というかそんなもんが出たら少なからず否定意見は出てくるもんなんですよ。
保身に廻りましたが続けます。読み始めて数分で千住さんとは思考(嗜好)の面では仲良くなれないと気付きましたが我慢して読み続けました。

俺は作家(千住さんは日本画家、らしいです)というもので将来食っていけたらと思ってますがいまだに此の作家というものを職業とは思ってません。何故なら俺は自分の性質の一部として「作品を作る」というものを感じているからです。寝る、起きる、食べる、歩く、作る、泣く、笑う、生きる。そんな感じ。はい、そこで冒頭の引用を思い出してください。
あと、俺は絵にスタイルを求めませんし普段の生活の中にも割りかし思想、というか固執を求める性質ではないんですよ。
拘らない、とは違うのかなぁ。ううん、分かりづらいや。えーっと、極端に言えば「歩き方に拘らない、思想が無い、執着しない。」ということかなぁ。歩こうがスキップしようが車に乗ろうが逆立ちして手で歩こうが「移動」には変わらない。…なんか違うかな。
今日はこうこうこういう気持ちで起きてこういう思考を持って移動、なんていつも考えてる人ではない、ということですね。
此の文章は頑張って自分の思考の近いものを知ってる言葉の中から ピックアップして書いているわけです。絵を描いているときの思考は文章に出来ないけど、俺個人の思考は出来るかもしれないでしょ。そんな感じ。
スタイルは無し、固執も無い。そんな作家はここにいます。性質だから職業でもなし。
スタイルを持ち、固執もあり、職業が画家の人とは仲良くなれないんだろうなぁ。(勿論会ったことが無いので結果は分かりませんが。)

とりあえずは、この本を読んだ人が「絵を描く人間はこうで芸術とはこういうものなのか」と信じないことを祈ります。




(今回は異様に長い文章だなぁ。)

\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\20061015

バンドやる人の気持ちが分かりません。楽器弾けません。

ブラック珈琲が飲める人の気持ちが分かりません。アレは体に毒です。

車が好きな人の気持ちが分かりません。すぐ酔います。

プリクラを撮りたがる人の気持ちが分かりません。落書きは何を描けばいいのか分かりません。

サッカーを見る人の気持ちが分かりません。新聞のスポーツ欄はいらないなぁと毎朝思います。

女心が分かりません。その矛盾は何なんでしょう。

子供を生もうとする人の気持ちが分かりません。生んだことありませんから。

神様を信じる人の気持ちが分かりません。信じてません。





でもまぁ、絵を描く人の気持ちは、なんとなく、分かります。


特別であって、特別じゃ、ありません。

\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\2006803

ミステリーには『フェアでなければならない』という決まりがあります。どういうことかというと、えーっと…まあトリックや犯人を見破るヒントがちゃんと読者に伝わらなければならないということです。…まあ『犯人を見破る探偵役と同等の情報量を提供する』ということは不可能なのでなぜフェアっつーのかは分かりません。知りません。


(最近の)美術作品には意味合いをこめる傾向が多いのか少ないのか。基本的に何か仕掛けのある絵の方が好きなので割かし俺も『見立て』のようなことはします。ルソーの作品を此の前テレビで見て面白いと思ったくらいです。
ミステリー馬鹿なのでそれらの仕掛けを見破って欲しい気持ちがあるので基本的に第三者の人が解けるような程度に収めてるんですが、まあわかんなくても大した問題じゃないです。人が死ぬわけでもないので。

しかしながら、作品以上に分かり図らいのは芸術家のコメントですよね。読んでも上手く伝わりません。
そもそも言語というものは伝達のためにあるのもですから、本末転倒だよなぁ、と横浜美術館の帰り道に考えてました。
論文の業とらしい位の難解さはどうにかなりませんかね?

\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\2006802

たまには芸術のことから離れてみるのも良いかもしれないのは、そのことばっかり考えてるからでしょうか。

というのは建前です。実は俺、ある人に対して少し怒っているのでかなり遠まわしに嫌味を言います。かなり遠いです。




いろんな人に会いますし、いろんな小説なんか読んだりします。そしたらなんとなく好きな人が出来たりします。ああ、こういう人が幸せになるべきなんじゃないかと思ったりします。こういう感情は勿論性別や年齢とか関係なく起こるものです。
べき、といいますがそれは他の人は不幸になれば良いとかそう言った極論ではありません。なんとなく、なんとなくですがその人に「幸せにならなくてならない」といったほんのちょっぴりの義務感を背負って欲しいと思うんですよ。

とここまでこっ恥ずかしいこと書きましたが自分が博愛主義者だとか聖人気取ってるわけではありません。道行く人全員に祈るほど暇ではありません。ただなんとなく、幸せの方がいいかもしれない、という薄っぺらい人です、俺って。


実際の処、人の幸福に口出しするようなのではないことは重々承知してます。人其々ってもんですもんね、こういうのって。何だかんだ言っても皆頑張ってるし。 頑張ってるんでしょ? 軋轢とか色々ありますが折り合いつけて生きています、人って。それはちいっとも悪いことじゃあありません。だって頑張っているんですから。



結局人の不幸って物はその頑張りに他所の人が横槍を入れることかもしれないと、俺は思っています。
そして俺は、他人の努力を見守っていることだけするのは、怠惰だと、思います。



なんとなく、なんとなくですけど。






繰り返しますが、俺は少し怒っています。

\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\2006712

no.4『大衆化された意見は私にとっては暴力になる。』


要するに捻くれ者、って言うことなんでしょうかねぇ。
今特番見ているんですが(TV番組表で探してみてください。)、そもそも俺は芸術番組を良く見る方です。メモをとりながら見るのが恒例です。
今流れているそれは珍しく2時間ものなんでちょっと楽しみにしていたんですが、今はこうやってパソコンいじってます。コレは偏に捻くれ者だからって言うことです。それ以外には意味がありません。
そもそも芸術番組のいいところはそこに情報しかないって処だと思われます。
芸術作品というのは常に思想というものが付きまとうものですので観覧した人に何らかの影響を及ぼします。そこにこう、宗教にも似たのめり込みのようなものが生まれます。


うん、それはそれで認めますが、それは胸の内に秘めてれば良いじゃないですが。何でそんなにうれしそうに語るんですか。


…だから捻くれ者なんですってば。
自分の中で信じていれば他人にどうこう言われることはなく、また他人を傷つけることはないんです。


作品を作るときに思想を入れて、出来上がったものから思想を抜き取る。そこに一体何が残るか。

\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\2006707

正直な話、やってることは絵の具を塗ることですよね。


三回目。
端から見たら簡単なことかもしれません。
いや、自分のやっていることを卑下しているわけではなくて。
木枠に布を張って絵の具を塗りたくる。それが偶々形を成しているだけでそもそも絵という観念がない人から見たら何度こんなことしてんだろうという行為をやって居るわけですが、それを言ったら世の中のあらゆる行為が水の泡かもしれません。

それでも画家という職業が俺の知る中で一般職より少し離れた位置に存在しているのは、周りの価値観かそれ自体の要素か。
色を置くだけや形を作るだけの行為が特別に思えるのは結局『それだけ』だからなんでしょうか。


色を置いた『だけ』で。

少し削った『だけ』です。

『だけ』なのに成立しているのはまるで裏技です。自分で考えておきながらズルイと思います。
卑怯です。
でもこの卑怯が成立するのは何かがそこに隠されているからで、上手くそれが第三者、しかも面識がない人に通じるものが所謂『名作』なんでしょう。
作家はそれをしなければなりません。


使命というよりは大層ではないが、日常というには傲慢すぎる。

\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\2006702

どうも、二回目です。

今更ですがこのページは普段ミステリーを読んでいる俺が書いているものです。
ミステリーを読んでいると画家(彫刻家なども含め)がもちろん出てくるんですが…まあコレがなんていうか変わり者だのなんだのというキャラクターで書かれているんですか。
まあそうでなくては盛り上がらないんでしょうかね。ミステリー作家ではないので詳しく分かりかねますが。
最近読んだものでは森博嗣さんの本なんですがそこでは美大生が出てきます。美大生と作家さんは読んでみてくださいな。ある意味愕然とします。

まあ芸術やってたって他の人とそんな変わらない筈です。トリッキーなことばかりやっているわけじゃないっすよ!人里離れてゴシック調な洋館や旧家に住んでいるわけではないっすよ!と不詳新人ですが思っているわけで。
要するにアサツユウミは普段こんなこと考えてますよー。なページです。作品作る人間の思想なんかにちょろっと興味持っていただけたらこれ幸いです。



人間、他人の人生に干渉は出来ませんが他人の思想に潜入は意図も容易く出来るかもしれません。

俺の経験上、それは可能です。

\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\2006627

というわけでword、一回目です。(何がというわけなのは本日、6月22日の日記を見てください。別に読まなくてもいいですが。)

今日は『アート』についていろいろと。
まぁ、作品展示サイトですから。

正直なところ、この単語は好きではありません。
上の文を書いたところでもう半分鬱になりかけてます。作家なのにね。
まあ、絵を描いている、美術作品を作ってる人間の属性、というか職業名は結構色々あります。
画家、アーティスト、造形作家、彫刻家、版画作家、イラストレーター、作家・・・・な、感じで。

俺が『アート』という単語が好きでない理由が「意味の不明確さと不自然な付加価値」です。業と難しく言いました。すみません。
なんというか話の中に『アート』と入れるとなんか凄そうに聞こえますが実は何の説明にもなってないと思うんですよ。『アートな○○』とか何とか言ってもそもそもアートの定義がはっきりしてない上に基準が不明な為に何言ってるのかはっきりしない。使う人はどう言う心境で使ってるのか不思議です。
なんかイライラしてくるので極端にこの単語を避けている自分が居ます。

という理由からか『アーティスト』という単語も避けまくってます。ぶっちぎりです。
よく使うのは『作家』なんですが(ご存知の通り、俺は絵以外もやる人なんで画家ではないだろうと。)将来の目標とか聞かれてコレを答えると間違いなく誤解されます。作家で定義は間違ってませんが文章を書くのかと勘違いされます。

何かいい言葉はないだろうか。

\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\2006622
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